私が文化服装学院を1年半で中退した理由

私は高校卒業後、ファッションデザイナーを目指していたこともあり東京にある文化服装学院という服飾で有名な専門学校に進学した。学科はファッション高度専門士科という4年制のコースである。しかし、最終的には1年半で中退する道を選択した。

この記事ではなぜ卒業まで在学しなかったのか?何が問題だったのか?を書き留めていく。

もし、ファッション関係の仕事を目指していて文化服装学院へ進学しようと考えている方は参考になると思う。結論から言うと、今の時代背景を考えれば進路をファッション一本に絞るのはあまりオススメしない。それよりも、別に収入の安定した軸を持つべきだと思う(安定なんて無いのかもしれないが)。何か別の仕事をしながらでも教室に通ったり、独学で習得することはネット環境が普及した現代ではそれほど難しいことではない。夢のある職業だけど、逆に言えばそれだけ夢破れてレールから外れた人も多いということは頭に入れておくべきだ。

この記事は下記の読者を想定している。

  • 高校卒業まで全く洋服を作ったことがないけど、ファッションデザイナーになりたい人
  • 服飾専門学校に行くか迷ってる人
  • そもそもアパレル業界に進むか迷ってる人
@Contents

初めは全くのド素人

1年次はとにかく基礎

私は高校時代からデザイン画は描いていたし、それがコンテストで入賞したこともある。が、縫製に関しては全くのド素人であった。針の持ち方が分からない、ミシンの糸の掛け方が分からない。これが入学前の為体である。

ただ、この記事を読んでいる未経験の諸氏は安心して欲しい、必ず誰でも縫製は出来るようになると保証する。

文化服装学院に入学後はまず、並縫いの仕方から習うことになると思う。今考えると、それが当時の私にとっては一番難しかった。周りの学生はどんどん縫えるようになっていく中でかなり焦った記憶が蘇る。

高校時代に服飾のコースを修了した強者達も居た。縫製に慣れているので当然といえば当然だが、その人たちのスピードに驚くばかりであった。わざわざ東京へ来たのにも関わらず、並縫いすらスムーズに出来ない自分を恥じた。

毎日ほぼ徹夜で練習

それからは毎日ほぼ徹夜で縫い方の基礎を覚える生活が始まった。遊んでいる暇なんて、まるでなかった。文化に居たときの平均睡眠時間は4時間ほどだと思う。周りもそんな感じだったからこれは珍しいことではない。

当然だが、バイトもしないで課題やデザインの練習で土日は家に篭りっきりで作業をした。そのような生活を夏休み前まで続けた。その成果もあって夏休みが終わる頃には手縫いやミシンに関しては問題なくこなせるようになり、これでようやくスタートラインに立ったという実感が湧き上がった。

あまり言いたくない話ではあるが、夏休みまでに5人くらい教室から居なくなってしまった。悲しいことではあるが仕方がない。彼ら、彼女らは突然消える。やはり服作りに関しては人によって向き不向きがあると言わざるを得ない。向き不向きは結局、忍耐力の差だと思うけど。

上の画像が夏休みまでに作った服である。全くのド素人でもこんな服が作れるようになる。

しかし、夏休みが終わればジャケットの制作が始まる。このジャケットがかなりの難敵で、初見では全くもって意味が分からない。教科書の作図例を見て絶望に駆られた。恐らく独学で最後まで作れる人は稀だと思う。そういう人は学校に入る必要がないかもしれない。

縫製はできるようになっていたので、ようやくのんびり進められると思っていたけど再び徹夜生活に逆戻り。冬休みまではひたすらシーチングを使って、パターンの違いによるシルエットの変化などへの理解を深めた。

成績は学科で一番に

上記の努力の成果もあって、1年次修了時の成績は学科で1番良かった。まあ、このような感覚的素養に評価もクソもないと思うけど嬉しかったな。

デザインに関しては一筋縄ではいかないが、縫製やパターンに関しては数をこなすことで誰でも必ずできるようになるという証明が出来たと思う。やっぱり慣れが重要。そして、今にも繋がることだが継続する習慣を付けられたのが大きかった。

1年次に作った服。授業ではシャツやスカートなどのアイテム毎に課題が与えられるので基本の形をさっさと終わらせて上の画像のように自由な形で作っていた。

提出期限の1ヶ月前に課題を終わらせたこともある。基本の形は重要なので必ず一度は教科書通りに作ってみるべきではあるが、個人的な意見としてそれは1回だけで十分だと思う。

2年次はとにかく退屈だった

さて、無事に2年に進級できたのだがとにかく退屈であった。

文化は課題が大変という声をよく聞く。それは文化に限らず服飾型の学校全般に言えることかもしれない。確かに人によっては提出期限に間に合わず居残り、そして進級できないこともある(そこはシビア)。しかし、実際は縫製の基礎さえ理解して工程を効率よく進めることが出来れば、余裕で終わるので安心していい。

暇すぎて、当時は下の画像のようなどこに着ていくのか分からないような服を作っていた。

逆説的かもしれないが、自由に服を作りたい人はファッションデザイナーに向いていないなと今になって思う。社会に出れば奇抜で目を引くような服よりも人混みに紛れる服を作る能力の方が重視されるからだ。そんなツマラナイ服の方が売れているのだからこれは真理である。

コンテストに出したらまさかの入賞

退屈そうなのが先生に伝わったのか、コンテストに出してみることを勧められた。

ファッションデザインのコンテストは一般的にあまり知られていないだろうけど、結構な数で毎年開催されている。学生の力試しみたいなもので、ちゃんと賞金も出るから意欲的な学生であれば参加しない人を探す方が難しいだろう。初めてコンテストを出すにあたって落ちたら嫌なのでしっかりと過去の受賞作品の傾向をリサーチしてデザイン画を提出した。

コンテスト名は「YKKファスニングアワード」。コンテストの中では割と有名な方だと思う。1次審査と2次審査を無事に通過し、応募総数5,889の中から最終的に28の内の1つまで残ることが出来た。需要があるかは分からないがその顛末を思い出しながら記事に書いてみようかな。

中退することを決意

上記のコンテストが終わった時点で中退することを決意した。大まかに分類すると下記の理由が挙げられる。

  • グランプリを取れずに自分の力の無さを痛感
  • 残り2年間の時間の過ごし方に悩む
  • 世界に出てみたかった
  • 服だけ作れても生き残れない

グランプリを取れずに自分の力の無さを痛感

初めてのコンテストで入賞することが出来た。しかし、それと同時に自分の力のなさを痛感した。

加えて、他の参加者と話してみて彼らのファッションにかける情熱が凄くて、このまま同じ環境に居ても成長はできないと感じたのも中退しようかなと思った一因である。

残り2年間の時間の過ごし方に悩む

1年生では縫製の基礎とパターンを重点的に、2年生では立体裁断を中心に学んだ。以上の要素を習得できれば後は独学でいくらでも発展させることが出来る。3年生、4年生の作品を見て失礼かもしれないが、今の自分でも作れるなと思っていた。

4年生になると各々がファッションショーを行う(それが卒業制作)。いや、全員ではなかったかな。確か選ばれた人だけがステージでのコレクションを行える。4年間の集大成なので選抜の過程は厳しいものがある。まあ、それがこの学科の最大のアピールポイントだったのだが、調べれば調べるほどにファッションショーは厳しい状況に置かれていることが一般人の目からも理解できると思う。

下記の記事がファッションショーの問題について分かりやすく解説している。そこまでしてショーを開くことに躍起になる必要があるのか当時の私に疑問が芽生えていた。今の時代であればインターネット等でより多くの人にリーチできると思うけど、実物の感動が何たらとか言う人もいて暫くはショーもなくならないだろうね。

世界に出てみたかった

若気の至りという奴でこれは完全に個人的な理由。昔から海外の映画や小説が好きで一度は外国で暮らしてみたいと思っていた。中退後は勢いでワーキングホリデーという制度を使ってカナダに語学留学したり、アントワープ王立芸術アカデミーを2度受験した。

経験から言えることなので半信半疑だが、若い人ほど海外に行ってみるべきだと思う。失敗しても構わないんじゃない?というか若いうちに失敗や苦労をしなければいつするのだろう。とはいえ、今はコロナの問題もあって苦難の時代になってしまった。数年ずれていたらと思うと恐ろしい。

服だけ作れても生き残れない

AI技術の進歩

当時からAIの進歩について目を見張るものがあった。デザイナーはAI時代にも生き残れると言う人もいるが、少なくとも多くの人が仕事を奪われるはずだ。というか、AIに関係なくこの業界の未来は暗い。寧ろAIを活用できないことこそ存亡に関わる問題ではないだろうか。

上記の記事ではAIがデザインした作品がファッションコンテストで2位に入賞したことについて書かれている。

服は売れなければただのゴミだ。しっかりと市場を調査して売れるデザインを考えなければならない。AIが最も得意とすることはビッグデータから最適な答えを導き出すことで、それこそファッションデザインに最も向いている性質だと思うんだけどな。

余程カリスマ性のあるファッションデザイナーでない限り、あと10年もしない内に淘汰されていくのではないだろうか。あまり考えたくないことだけど、我々が想像するよりも時代の流れは早い。

人間がする作業はAIが作り出したデザインを選ぶことに特化するような気がする。私自身は売れる服のデザインを考えるセンスが圧倒的に足りていなかったので見方を改め、普段はエンジニアとして働き、休日はAIを使ったデザインパターンの生成やUI/UXに優れたクラウド型アパレルCADを作るための学習を個人で進めている。将来的に多くの人に使われるサービスを開発するのが今の目標だ。

アパレル業界の厳しさ

現在のアパレル業界は二極化が激しい。ユニクロは相変わらず成長軌道を突き進んでいるというのに……。

  • 世界的な不況
  • 服にお金をかけないという価値観の広がり
  • SNSの広がり(自己表現の多様化)
  • ユニクロで十分に事足りる問題
  • フリマアプリで中古品売買が加速

上記以外にも様々な要因があってアパレル業界の衰退が止まらない。10年前はまだ希望はあったが、最近は目も当てられない状況。レナウンの破産や大手メーカーの希望退職者募集などファッション産業に内在していた供給過剰の矛盾が一気に現実化した形だ。

それとは反対に近年注目を浴びているのが卸売りをしないでSNSで集客し直接販売するD2C(Direct to Consumer)という販売モデル。というかこれからファッションブランドを始めようと思う人であればこれしか道はないだろう。広告費はSNSで賄えるし、卸売りをしないのでコストも削減できる。

もはや、スキルさえ有ればわざわざこれから続くかも分からないメーカーに入る必要は皆無だ。そもそもアパレルの道に進むのであれば、よほど強い信念がなければ経済的に厳しいということだけは心して欲しい。

In 15 minutes everybody will be famous.
(15分で誰でも有名人になれるだろう)

Andy Warhol

芸術家アンディ・ウォーホールは上記のように言ったが、言い換えれば15分で誰でも自分のブランドを持てる時代でもある。別の仕事をしながらでも服は作れる。寧ろ、趣味で自分や友人の服だけ作る方が健全であると思う。デザイナーの友人に話を聞くと仕事では様々な制約がある上でデザインを考えなければならない(当然)だから華やかさは皆無だそうだ。その友人も転職を考えている。

文化服装学院に入学して良かった点

デメリットばかり書いたが、もちろん良かったこともある。下記は一例である。

  • 徹底的に基礎を学べる
  • 施設が非常に充実している
  • 人との出会い(生徒、先生が多い)

これから入学する人に言いたいのは、とにかく沢山の人に会ってコネを作っておくべきだということ。私はほとんど学校へは直行直帰だったのでその点は後悔している。

あとがき

どの業種にも言えることだが、これからは学校を卒業したからといって就職できるとは限らないし、その就職先もいつまで続くかは誰にも分からない。そんな時代でも自分自身が誰とも代替できない存在になることが生き残れる唯一の道だ。会社に依存してはならないし、常に新しいことを学習し続けなければならない。

List of comments (2)

  • 記事読ませてもらいました。私はいま17歳、来年で18になります。そして、将来ファッションデザイナーになりたいと思っています。服の勉強をするために服飾系の専門学校を調べていてこの記事にたどり着きました。いろいろ個人的にお聞きしたいことがあるのですが、メッセージを送ってもよろしいでしょうか?お時間あるときに返信いただけると嬉しいです。

    • コメントありがとうございます。下の方にあるお問い合わせフォーム(メールの絵文字)からメッセージ送ってもらえれば対応しますよ🙋‍♂️

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