2016年にアントワープ王立芸術アカデミーを受験した話

私がベルギーのアントワープ王立芸術アカデミー(以下アカデミー)を2016年に受験した話をしていきたいと思う。当時は21歳だった。如何せんアカデミーの情報は少ないことで有名である。私も情報がない故に大変な目にあったので、もし今度受験される方の参考になれば幸いだ。幾つか体験談があるのでビューが増えてきたらシリーズで書いていく予定。

前回の記事で文化服装学院を中退した話を書いたがそれの続きなので、もし読んでない方がいればぜひご覧頂きたい。

結論としては圧倒的な力の無さを感じつつの不合格だった。英語力不足、画力不足、ポートフォリオの内容が薄いと三連星の駄目出しを受けたが、逆に考えればそれらの内容さえ克服できれば合格出来るということでもある。

@Contents

アントワープ王立芸術アカデミーとは

恐らくファッションに興味のある方は知っていると思うけど、それ以外の方には字面すら見たことがないかもしれない。簡単に纏めると下記のような伝統と歴史がある。

  • 1663年設立(古い!)
  • あのゴッホも一時期在籍した
  • アントワープシックスを輩出
  • 他、多数のデザイナー(主にファッション)が卒業
  • 世界三大ファッションスクールの一つ
  • 入学と卒業がかなり難しい

この様にファッション業界の中では超が付くほど有名な学校で、多くの卒業生が一流ブランドで活躍している。あのブランドとかあのブランドとか……。

  • ドリス・ヴァン・ノッテン
  • マルタン・マルジェラ
  • ウォルター・ヴァン・ベイレンドンク
  • ダーク・ビッケンバーグ
  • デムナ・ヴァザリア
  • クリス・ヴァン・アッシュ

ほんの一例だが、ファッションの歴史に名を残す名だたるデザイナー達がこの学校を卒業している。余談だが私の好きなファッションデザイナーは皆アントワープ出身。

無謀な挑戦

さて、とんでもない学校ということは分かって頂けたと思う。当然だが入学試験は難関、卒業するのはさらにハードである。

ファッション学科は入学の時点で約60人存在する。しかし、毎年学年が上がるごとにおよそ半数が篩い落とされていくそうだ。アカデミーのショーの項目を見れば分かる。結果、4年間を通して卒業できる人は10人も居ない年が多い。多分こんな学校は世界中探しても多くは無いはず。

が、当時の私は何を考えていたのか余裕でイケると思い込んでいた。当時の私のスペックは服作りの基礎は学習済みであるが、英語は全然ダメで自信だけがある状態。つまり、井の中の蛙って奴。

とはいえ、いくつか決断に至った理由もある。当時はインターネットの情報が全てだと思ってたから一生懸命調べた。すると、卒業した日本人のインタビューとかあって、そこでは英語ができなくても卒業できたとか、他人に手伝ってもらって審査を通過できたとか、結構そんなことが書いてあった。

それらは実際にあったことかもしれない。ただ、注意不足だったのがそれは10年以上前の情報だったということだ。逆に近年の入試や日本人の情報は探しても探しても全然無かった。後から知ったけど学長が変わってから語学に関する基準が厳しくなったらしい。

アントワープに着いた後、宿のおばさんが驚いていた。「よく、そんな英語で試験を受けようと思ったわね」と。試験が始まるまでに勝敗は決していた。何事にも言えることだが情報収集は大事である。

試験内容 -> 理解不能

まあ、せっかく遥々とアントワープまで来たのだから気は乗らないが試験は受けることにした。時期は7月上旬、ベルギーは夏でもそんなに暑くない快適な気候。そして、日没が異常に遅い。前日は緊張と明るさであまり眠れずも、試験会場へは9時に集合だったから支度を済ませてGo。

行ってから先ず驚いたのが試験会場の外は多国籍の受験生で長蛇の列。当然、ファッション学科の試験なのでみんな奇抜な格好かハイブランドに身を包んでいて、ただただ圧倒された。

それからは英語もよく分からないので列に身をまかせ、何とか席に着くことができてホッとした。特に席順は決まってなくて、早い者順と言っていいかもしれない。後から、この席取りがいかに重要なことであるかを思い知らされるのだが(服を着せた人台をデッサンするから角度によって見え難い場所もあったり部屋によっては絶対に描けないだろって服もある)。

机に座って試験に必要な道具を出しているとそれからまもなく試験官(教授)が入って来た。予想外だったのが試験内容は紙で配られずに、口頭で知らされるだけということ。張り紙とか黒板に書くとかはない。そもそも黒板無かったし。

単語の端々は分かったが、結局何を言ったのか半分も理解出来なかった。幸いにも両隣のドイツ人とタイ人がとても良い人で色々と教えてもらい何とか概要を理解できて試験Start。

試験はデッサン、水彩とプリント作成(柄)を2日間に渡って行うという内容。結構ハードだけど芸術系の試験はどこもそんな感じのようね。実技の合間に面接がある。書くと長くなるから需要があれば今度詳しく纏めるつもり。日本の試験とは違って驚いたことは下記。

  • スマホで写真を撮って、それを見て絵を描いてもOK
  • 音楽を聴きながら作業してもOK
  • 昼食は各自。取らない人も居た、帰ってこない人も
  • 1日目の課題は回収されないので、持ち帰って部屋で描ける

そんなことしていいのか?と戸惑いつつも周りに合わせて行動した。試験自体はとてもラフ。本当にこれで合否を判断しているのか疑問に感じた。恐らくだが、面接が一番大事かもしれない。

当時は面接の順番が回ってくるのが嫌でしょうがなかった。もう別に面接は受けなくてもいいかな?と思ったけどせっかくなので受けた(何でも折角やってみる性格)。英語が上手く話せなくて罵倒されるか心配だったけど、そうでもなかった。寧ろ面接官は分かりやすい英語で優しく話してくれて、曲なりにも面接として成り立ち安心した。

面接官は2人居たけど片方は少し日本語を話せたのでびっくり!主に経歴や好きなデザイナーのことを聞かれたかな、特にアントワープを卒業した日本人のこと。日本人は珍しいのか他の人よりも長時間拘束された。当たり前だけど、最後にもっと英語を勉強しなさいと言われたのを昨日のことの様に思い出す。

しかし、他の人から話を聞くと私は運が良かった。教室によって面接官が振り分けられており、運が悪ければ厳しい圧迫面接が待っていたそうな。

シビアな合格発表

そんなこんなであっという間に2日間の試験が終了した。受かっているわけないだろうと思いながらも、心の隅に期するものがあったのかちゃんと合否発表の時間に再集合した(一度解散してまた同じ試験会場に集まる)。

そこで驚いたのが(驚いてばかり)、合格者は口頭で伝えられる。それが意味するのは誰が受かったか落ちたかが周りを見れば分かるということだ。運転免許の試験を思い出してもらえれば分かりやすいかな?いや、ちょっと違うな。

予想通り、私の名前を呼ばれることは最後までなかった。周囲からは啜り泣く声も聞こえる中で虚しく荷物を纏めて宿へと帰り支度を済ませる。仲良くなった周囲の人たちは誰も合格を勝ち取ることは出来なかった。シビアな世界。

それから

ベルギーといえばビール。スーパーに行けば何十種類もの個性豊かなビールが販売されている。ってそんな話じゃないな。そう、話を戻すとこのまま終われない、折角だから受かりたいと日本に帰るまでの帰途で何度も考えた。そのために必要な要素は冒頭に書いたような3つのスキルである。

  • 英語力の向上(コミュニケーション能力)
  • デッサン力の向上
  • 芸術作品を充実させる(オリジナリティ)

これから受験する人は少ないとは思うけど、上記の要素を徹底的にこなすべきだ。デッサン力はそこまで重視されてない(私感)から最優先は英語だと思う。それと同時に作品を充実させていけば間違いなく受かるはず。

もし分からないことがあればコメントもしくはお問い合わせから何でも聞いて欲しい。分かる範囲で答える。近年は日本人の留学生が少なくなっているのでぜひチャレンジして欲しいね。日本ファッション界の旧態依然とした在り方を変える才能を応援したい。

To comment

@Contents
閉じる